見る前に跳ぶ。
同時に相手の側から
世界を見る。
すべてが分かるまで傍観しない。勇気を出して世界へ参加する。同時に、自分の行動を相手の側から見つめ、何をもたらすのかを忘れない。この二つを同時に持って行動することが、私たちの軸です。
コーヒーの、その一歩さきへ。 Lewat kopi,kita bertemu.
Beyond Coffee.
ScrollSelected photography — 田中聡起 Satoki TanakaAdditional images — Kopindo Field Archive
どちらから、はじめますか。
Mau mulai dari mana?
このCharterは、日本とインドネシアの強みを持ち寄るHenley Kopindo Glocal Partnersが、何を信じ、何を大切にし、どこに線を引くのかを記した公開憲章です。
Henley Kopindoは、一つの会社の名前ではありません。日本をベースにするHenley & Companyと、インドネシアをフィールドとするKopindo Sukses Makmurが、それぞれの強みと役割を持ち寄るパートナーシップです。
Henley & Companyは、法的な運営責任、プログラムと事業の設計、コーチング、安全管理を担います。Kopindo Sukses Makmurは、インドネシアの人、土地、言葉、暮らしとの関係を育て、現場から得た知恵とフィールドの基盤を担います。
日本側が企画し、インドネシア側が受け入れるだけの関係ではありません。互いの視点から問い、判断し、役割を組み合わせることで、一方だけではつくれない活動を育てています。このパートナーシップを、Henley Kopindo Glocal Partners(HKGP)と呼びます。
国と領域によって役割は分かれていますが、Kopindoの各活動に対する法的な運営責任と最終判断は、G.K. Henley & Companyと、その代表者であるHenleyが担います。ただし、その判断は現地の仲間の意思や、参加・撮影・再訪を断る権利を越えるものではありません。
Henley Kopindoは、コーヒーだけの事業でも、海外へ行くことだけを目的にした活動でもありません。
私たちは、「行ってみたい」「会いたい」「見てみたい」「知りたい」という素直な衝動から、自分の足で世界へ踏み出す人のためのエコシステムです。
教育も、コーチングも、コーヒーも、フィールドワークも、事業も、すべては目的ではありません。
それらは、人が自らの道を切り拓くための手段です。
大切なことも、不都合なことも、関係が始まる前に伝えます。活動が広がり、形を変えていくときにも、ここに記された原則へ立ち返ります。
すべてが分かるまで傍観しない。勇気を出して世界へ参加する。同時に、自分の行動を相手の側から見つめ、何をもたらすのかを忘れない。この二つを同時に持って行動することが、私たちの軸です。
「あなたが来てくれたら 僕たちのインドネシアの 仲間にどんないいことが ありますか?」
面談で必ず尋ねる問いです。立派な即答は求めていません。なぜこの問いから始めるのか →
全部を覚える必要はありません。気になる言葉から読んでください。
その結果として、ある人は起業家になり、ある人は研究者になり、ある人は教育者になり、ある人は地域を支える存在になります。
目的は、一人ひとりが、自らの人生を主体的に生きることです。
何が良い社会であるかは、一つの価値観だけでは決められません。だから私たちは、「社会を良くする人になること」を本人へ押しつけません。
まず、一人ひとりが自分自身の声に誠実であり、自らの人生を主体的に生きること。素直な衝動から動き、その選択が相手に何をもたらすかまで引き受けること。
その挑戦が人と出会い、社会と交わり、結果として世界を動かしていく。私たちは、そう信じています。
主体とは、自分の声を聴き、自分で選び、その選択を引き受ける人です。それは、すべてを一人で行うことでも、誰にも頼らないことでもありません。
誰かと協力し、必要なときには助けを求めながらも、自分の人生の操縦席を手放さないこと。それが、私たちの考える主体です。
世界とは、海外を意味する言葉ではありません。
世界とは、自分の外側に広がる、まだ知らない可能性です。
世界へ出るとは、遠くへ行くことではありません。
自分が当然だと思っていたものを問い直し、新しい選択肢と出会うことです。
故郷を愛すること。母国を愛すること。それは、生まれた場所だからという理由だけで決まるものではありません。
生まれ育った故郷や母国を愛することと、世界を見ることは対立しません。
私たちは、与えられた環境を無条件に受け入れることを求めません。一度外から見つめ直し、比較し、考え、そのうえでもう一度選ぶことを大切にします。
比較することと、優劣をつけることは別の行為です。比較は、どちらが上かを決めるためではありません。違いを知り、自分が何を大切にし、何を選ぶのかを確かめるために行います。
「ここで生きたい。」
「この人たちと歩みたい。」
「この国と関わり続けたい。」
そう自分の意思で選び直したとき、偶然与えられた関係は、自ら引き受けた関係へと変わります。
Henley Kopindoは、海外へ行くことそのものを目的にしません。外国は、自分の外側にある世界と出会い、自分の言葉、自分の国、自分が暮らす地域を見つめ直すための大切なフィールドです。
私たちは、フィールドとして関わる外国、立っている土地の人、言葉、文化への愛と敬意を忘れません。ただし、その前提として、まず自国と自国語への愛と敬意を大切にします。
それは、自国を無条件に肯定することでも、他国より優れていると考えることでもありません。自分が受け取った言葉、歴史、文化、暮らしを知り、その課題も含めて関係を引き受けることです。自分の足元にある言葉を深く知るからこそ、異なる言葉の奥にある感情や、その土地を愛する人の心を想像できると考えます。
私たちは、外国語に限らず、相手の言葉を学ぶことを大切にします。同じ言語を話していても、同じ言葉が同じ意味で使われているとは限りません。相手と向き合い、話を聞き、聞き返し、その人の言葉が何を指しているのかを、関係の中で一つずつ獲得していきます。
言葉を一つ獲得することは、その人の視点を一つ受け取ることです。身についた言葉の数は、知識の量だけではありません。それだけ多くの人と向き合い、その話を聞いてきた証でもあります。
他者を完全に理解することはできません。それでも、その人がどのような言葉で、どのような世界観から世界を見ているのか、理解してみたいと願う。この矛盾を含んだ姿勢こそ、私たちが言語を学ぶ動機です。
外国へ行くことは
目的ではない。
遠くから足元を
見つめ直す。
だから参加メンバーには、現場活動だけでなく、日本で過ごす普段の生活を大切にすることを求めます。読むこと、書くこと、対話すること、考えること。自分自身、自分の国、故郷、地域社会への理解を、日常の中で深めてください。
これは日本人メンバーだけに向けた原則ではありません。インドネシア人メンバーにも、それぞれの民族語、家庭の言葉、地域の文化、そして人々をつなぐ共通語を大切にしてほしい。世界へ開くことと、自分の根を育てることは、対立しません。
そのうえで、外国の地を自分のフィールドとして選び、長く関わり続けることを、私たちは心から尊重します。偶然の出会いを、自ら選び直した関係へ変える。それもまた、私たちの考える愛国心とGlocalのかたちです。
Glocalとは、世界と地域を単純に組み合わせた言葉ではありません。世界を見る視点を持ちながら、自分が立つ場所に責任を持つこと。地域を愛しながら、その地域を世界に閉じ込めないことです。
世界を知ることで、足元を新しく見つめ直せることがあります。世界と地域を往復しながら、自分が関わる場所を主体的に選び、その場所に責任を持つ。それが、私たちの考えるGlocalです。
私たちが最も大切にするのは、素直さです。
「行ってみたい」「会いたい」「見てみたい」「知りたい」。うまく説明できなくても、自分の内側から生まれた声に気づき、その声から動けること。
メリットがあるから近づき、メリットがなくなれば離れる。そのような動機を、私たちはあえて「下心」と呼びます。下心がまったくないことを求めるつもりも、それ自体を否定するつもりもありません。ただ、下心に動かされるだけの行動からは、予想を越える出会いや、本人さえ知らなかった面白さは生まれません。
誰の中にも素直さはあります。私たちは鎧を責めるのではなく、その奥にある本人の声を一緒に探します。ただし、現場では理屈だけでなく、人の感情を受け取り、自分の思い込みをほどく姿勢が必要です。
「やってみよう。」これは、Henley KopindoのPILOT™精神そのものです。
「行ってみたい」を「行ってみた」へ。「やってみたい」を「やってみた」へ。私たちは、まだ言葉でしかなかった気持ちを、本人の経験へ変えるために行動してきました。そしてKopisiswaたちが自分で試せる環境をつくり、KoPilot™ 伴走支援プログラムを通じて、その過程に伴走してきました。
私たちは、自信は成功体験だけでつくられるとは考えません。「失敗しても大丈夫」「転んでも戻ってこられる」と思えて、初めて踏み出せる一歩があります。
安全に失敗する。
Sandbox™ Field Training Programme
私たちは、安全に転ぶ練習ができるフィールドを、Sandbox™ Field Training Programmeと呼びます。
安全に失敗するとは、危険を軽く見ることでも、失敗の責任を曖昧にすることでもありません。良い制限を設け、準備し、見守り、必要なときに止め、転んだ後に一緒に振り返れる状態をつくることです。
試して、転んで、考えて、もう一度試す。その循環を守るために、Kopindoは目に見えない多くの時間とエネルギーを使ってきました。挑戦を勧めるだけでなく、挑戦できる環境と、失敗から戻ってこられる関係を維持することも、私たちの仕事です。
所属する期間、募集人数、活動時間、運べるコーヒーの量。Henley Kopindoには、さまざまな制限があります。
それは人を囲い込むためではありません。時間、関係、学びの密度を守り、継続そのものを目的にしないための制限です。
Program(Kopisiswa™)とCoffee Scoutsは、半年ごとに一度解散します。本人との一対一の面談を経て、互いにもう一度選び直せたときに再ジョインします。Kopisiswa™は最長二年、Scoutsも最長二年です。
その先はプロとして契約するか、それぞれの場所で自分の足で歩きます。居続けることではなく、次へ進めることを大切にします。
フィールドでは、すべての出会いが歓迎されるわけではありません。受け入れを断られることも、再訪を望まれないことも、私たちから参加や訪問を断ることもあります。
拒絶は、必ずしも失敗や悪意ではありません。自分や相手の暮らし、尊厳、安全、信頼関係を守るための、誠実な意思表示であることがあります。
私たちは、受け入れてもらえることを当然とは考えません。何を見落としたのか、関係を修復できるのか、あるいはここで離れるべきなのかを考えます。
信頼は
曖昧な線の上には
育たない。
明確な線を引き、それでも相手の人格を否定しないこと。それが、私たちの考える強さです。
拒絶の対象は、参加、訪問、撮影、公開、再訪、役割や関係の継続です。人間の存在価値ではありません。受け入れ側だけでなく、参加者にも「行かない」「撮らない」「続けない」「離れる」と決める権利があります。
見る前に跳ぶ。
同時に相手の側から世界を見る。
すべてが見えるまで待たずに跳ぶ。けれど、跳ぶ先を自分の側からだけ見ません。
行動する前にすべてを理解することはできません。だから、どこかで勇気を出して世界へ参加する。一方、その参加によって時間や生活を差し出す人がいます。跳ぶ勇気と、来られる側から見る責任は、どちらか一つを選ぶものではありません。
海外へ行くこと自体を、行動力や善とは考えません。訪問者は経験、写真、学び、物語を持ち帰れます。一方、受け入れる人は、時間、食事、移動、生活空間、感情を差し出し、ときには安全や地域の関係に関わるリスクまで引き受けます。
だから面談では、必ず尋ねます。
「あなたが来てくれたら
僕たちのインドネシアの
仲間にどんないいことが
ありますか?」
立派な即答を求めているのではありません。相手の側から自分の訪問を考え、受け取るだけでなく、何を返せるかを一緒に考えるための問いです。
受け入れ側には、参加、活動、撮影、公開、再訪を断る権利があります。友情や家族関係を無償労働の理由にはせず、話し合いに基づく対価、謝礼、贈り物、必要に応じた雇用を積極的に行います。
写真は、とりわけ大切にしている返礼の一つです。撮って持ち帰るだけでなく、写っている本人と家族が受け取り、残し、使える形で返します。そして、一度きりにせず、繰り返し会いに行きます。
「多様性の中の統一」は、私たちがフィールドとするインドネシアのスローガンであり、Henley Kopindoの設計思想のコアです。
違いをなくして、ひとつになるのではありません。国籍、言語、宗教、世代、専門、役割、得意なことが違うまま、同じ現場に立ち、同じ方向を選べること。
コーヒースペシャリストだけでなく、写真家、登山者、天文や鳥、昆虫、自然、民俗、人や社会を見つめる人が必要です。異なる目が集まるほど、フィールドは立体的に見えてきます。
ただし、多様性は何でも受け入れることではありません。互いの暮らし、尊厳、安全を守る共通の線があるからこそ、違いを安心して持ち寄れます。
技術も、観察も、写真も、言葉も、それぞれが思い切り磨けばいい。互いに競い、刺激し合うことを恐れません。
ただし、相手を負かすこと、居場所を奪うこと、自分の正しさを証明することを目的にはしません。否定の上に世界は広がらないからです。
「多様性の中の統一」とは、違う専門性と個性を持ったまま、同じ冒険に参加できることです。
Ventureとは、まだ答えのない未来へ、自ら一歩を踏み出すことです。
起業も、研究も、地域活動も、海外挑戦も、家業の承継も、人生そのものがVentureです。
私たちが言う「世界の最前線」は、海外だけを意味しません。まだ誰も答えを持っていない場所、まだ十分に言葉になっていない問題、そして自分自身が一歩を踏み出すことを恐れている場所です。
ある人にとってはインドネシアであり、ある人にとっては故郷、家族、仕事、自分自身との関係です。世界とは、地図ではありません。可能性です。
私たちはコーヒーを扱います。しかし、コーヒーを最終目的には置きません。
一方で、コーヒーは単なる道具でもありません。
コーヒーは、人と人をつなぎ、文化をつなぎ、社会をつなぐ、専門性を持った媒介です。
コーヒーは、私たちの専門性であり、世界と向き合うための共通言語です。
コーヒーを越えるために
私たちは誰よりも深く
コーヒーを追究します。
Kopindo Programmeは、Kopisiswa™の学びと試行を支える場所です。自分の声を聴く。小さく試す。経験を振り返り、次の一歩を自分で選ぶ。この循環を大切にします。
それぞれの過程を、LISTEN™ Reflection Programme、PILOT™ Trial Programme、KoPilot™ 伴走支援プログラムとして設計しています。
交流すること自体を目的とする集まりでも、所属し続けることに価値を置く会員組織でもありません。Kopisiswaでいられるのは最長二年。半年ごとに一度解散し、自分の意思でもう一度選んで再ジョインします。
期間や役割が終わっても、そこで育った人間関係まで終わるわけではありません。それぞれが自分の足で次へ進み、必要なときにまた仲間として出会えることを大切にします。
私たちは、「迷惑をかけないように」と距離を取る関係より、迷惑を掛け合い、許しあえる関係を大切にします。ただし、それは我慢や一方的な負担を求めることではありません。困ったときには助けを求め、断る権利も守り、助ける側と助けられる側を固定しない関係です。
答えのない問題に、問いを立てる。すぐに答えが出なくても、考え続ける。そして、立ち止まるだけでなく、走りながら考える。
私たちは答えを教えるのではなく、挑戦する機会と世界に出会う経験をつくり、本人が自分で次を選べるところまで伴走します。
私たちは、答えを押しつけません。その代わり、新しい問いを立てます。
私たちは、その人の人生を代わりに決めません。本人が自分で選べるところまで、ともに考えます。
私たちは、参加や挑戦を強いません。参加するかどうかは、本人が選びます。一方、参加を選び、期間と役割に合意した後は、互いにその約束へ責任を持ちます。
私たちは、誰かを社会のための手段にしません。一人の人間として向き合い、その人の願いを起点にします。
私たちは、助ける側と助けられる側を行き来し、迷惑を掛け合い、許しあえる関係を育てます。
私たちは、深刻なときほどユーモアを忘れません。正しさだけで場を閉じず、もう一度一緒に考えられる余白をつくります。
私たちは、合意した期間と役割の中で、誠実に伴走します。
「愛とは、
その場所にいてもいいということだと思うんですよね。」
— 田中さん/Photographer・Kopindo Coffee Scouts Alumni
この言葉の記録は Journal に →
在籍に期限があっても、役割が終わっても、その人の存在と、そこで育った関係まで否定するわけではありません。離れることと、居場所を失うことは同じではない。私たちは、そう考えます。
Henley Kopindo Charterは、Henley Kopindoのエコシステムに共通する思想と行動原則を公開する憲章です。理念だけを独立させず、契約・会計・個人情報・安全管理・対外説明を担う運営主体と問い合わせ窓口を明示します。
この経路は自動的な昇格ではありません。本人の意思、専門性、現地の信頼、Kopindoへの価値提供を確かめながら、次の役割を選びます。
一人ひとりが
自らの人生を
主体的に生きること。
その挑戦が連鎖した先に
世界は少しずつ
動いていく。
私たちは
そう信じています。
The Japanese side is written for people who may travel to Indonesia.
This side is written for the people they arrive to.
Same chapters. Different things needed saying.
Some of what is written here does not appear on the Japanese side at all.
Read both if you can. The difference is not an accident.
Charter ini menuliskan apa yang kami percaya, apa yang kami jaga, dan di mana kami menarik garis.Ditulis dari sisi Jepang — jadi ini aturan yang kami pasang untuk diri kami sendiri, sebelum kami datang ke tempat kalian.
Charter ini ditulis dari sisi Jepang, oleh Henley — orang Jepang. Yang kami bawa ke tempat kalian juga orang Jepang: kawan-kawan kami sendiri, anak-anak muda yang belajar bersama kami.
Jadi waktu kalian membacanya, yang terlihat bukan hanya apa yang kami percaya.Terlihat juga apa yang kami minta dari kawan-kawan kami sendiri sebelum berangkat — bagaimana mereka harus memandang kalian, apa yang tidak boleh dianggap sudah semestinya, dan kapan kami memutuskan untuk tidak membawa seseorang.
Ada yang kami tolak — dari pihak kami sendiri. Kami membatasi jumlahnya. Ada satu pertanyaan yang harus mereka jawab sebelum berangkat.Biasanya bagian itu tidak kelihatan dari sini.Karena itu kami membukanya.
Kalau ingin langsung ke bagian yang paling berkaitan dengan kalian:Bab 09 — Tanggung jawab melintasi batas →
Henley Kopindo bukan nama satu perusahaan. Ini kemitraan antara Henley & Company yang berbasis di Jepang dan Kopindo Sukses Makmur yang bekerja di lapangan Indonesia — masing-masing membawa kekuatan dan perannya sendiri.
Henley & Company memegang tanggung jawab hukum, desain program dan usaha, coaching, serta keselamatan.Kopindo Sukses Makmur menumbuhkan hubungan dengan orang, tanah, bahasa, dan kehidupan sehari-hari di Indonesia, dan memegang dasar kerja di lapangan.
Ini bukan hubungan di mana pihak Jepang merancang dan pihak Indonesia sekadar menerima.Kami bertanya dari kedua sisi, memutuskan, lalu menggabungkan peran — supaya lahir sesuatu yang tidak bisa dibuat oleh satu pihak saja.Kemitraan ini kami sebut Henley Kopindo Glocal Partners (HKGP).
Peran terbagi menurut negara dan bidang, tetapi tanggung jawab hukum dan keputusan akhir atas setiap kegiatan Kopindo dipegang oleh G.K. Henley & Company dan Henley sebagai penanggung jawabnya.Meski begitu, keputusan itu tidak pernah melampaui kehendak kawan-kawan di lapangan, maupun hak kalian untuk menolak kunjungan, pemotretan, atau kedatangan kami lagi.
Henley Kopindo bukan usaha kopi semata, dan bukan kegiatan yang tujuannya sekadar pergi ke luar negeri.
Kami adalah ekosistem untuk orang yang melangkah ke dunia dengan kakinya sendiri — berangkat dari dorongan yang jujur: ingin pergi, ingin bertemu, ingin melihat, ingin tahu.
Pendidikan, coaching, kopi, kerja lapangan, usaha — semuanya bukan tujuan. Semuanya alat, supaya orang bisa membuka jalannya sendiri.
Hal yang penting maupun hal yang tidak enak, kami sampaikan sebelum hubungan dimulai.Saat kegiatan meluas dan berubah bentuk pun, kami kembali ke prinsip yang tertulis di sini.
Tidak menonton dari jauh sampai semuanya jelas.Beranikan diri, lalu ikut serta dalam dunia.Pada saat yang sama, lihat tindakan sendiri dari sisi orang yang menerima kita, dan jangan lupa apa yang tindakan itu bawa untuk mereka.Memegang keduanya sekaligus — itulah poros kami.
“Kalau kamu datang, apa untungnya buat kawan-kawan kami di Indonesia?”
Pertanyaan yang selalu kami ajukan dalam wawancara kepada orang Jepang sebelum berangkat.Kami tidak menunggu jawaban yang bagus.Kenapa kami mulai dari pertanyaan ini →
Hasilnya bisa bermacam-macam: ada yang jadi pengusaha, peneliti, pendidik, atau orang yang menopang daerahnya sendiri.
Tujuannya satu: setiap orang menjalani hidupnya sebagai pemilik hidup itu.
Apa itu masyarakat yang baik tidak bisa ditentukan oleh satu sistem nilai saja.Karena itu kami tidak memaksakan “jadilah orang yang memperbaiki masyarakat” kepada siapa pun.
Pertama-tama: jujur pada suara sendiri, dan menjalani hidup sebagai pemiliknya.Bergerak dari dorongan yang jujur, lalu memikul juga apa yang pilihan itu bawa untuk orang lain.
Tantangan itu akan bertemu orang, bersinggungan dengan masyarakat, dan pada akhirnya menggerakkan dunia.Kami percaya begitu.
Yang kami maksud dengan “pemilik” adalah orang yang mendengar suaranya sendiri, memilih sendiri, dan memikul pilihannya.Itu bukan berarti mengerjakan semuanya sendirian, atau tidak bergantung pada siapa pun.
Bekerja sama dengan orang lain, meminta tolong saat perlu — tetapi tidak melepaskan kursi kemudi hidupnya sendiri.
Dunia bukan kata lain untuk luar negeri.
Dunia adalah kemungkinan yang belum kita kenal, yang terbentang di luar diri kita.
Keluar ke dunia bukan berarti pergi jauh.
Artinya mempertanyakan lagi apa yang selama ini dianggap sudah semestinya, lalu bertemu pilihan baru.
Mencintai kampung halaman. Mencintai negeri sendiri.Itu tidak ditentukan hanya oleh fakta bahwa kita lahir di sana.
Mencintai tempat asal dan melihat dunia tidak saling bertentangan.
Kami tidak meminta siapa pun menerima lingkungannya tanpa syarat.Lihat dari luar sekali, bandingkan, pikirkan — lalu pilih sekali lagi.
Membandingkan tidak sama dengan menilai mana yang lebih tinggi.Membandingkan dilakukan untuk mengetahui perbedaan, dan memastikan apa yang kita anggap penting.
“Saya ingin hidup di sini.”
“Saya ingin berjalan bersama orang-orang ini.”
“Saya ingin terus terhubung dengan negeri ini.”
Ketika kita memilihnya sendiri seperti itu, hubungan yang tadinya kebetulan berubah menjadi hubungan yang kita pikul sendiri.
Bagi Henley Kopindo, pergi ke luar negeri bukan tujuan.Negeri lain adalah lapangan untuk bertemu dunia di luar diri, lalu melihat ulang bahasa, negeri, dan daerah sendiri.
Kami tidak melupakan cinta dan hormat kepada tanah, orang, bahasa, dan budaya tempat kami berdiri.Tetapi syaratnya: lebih dulu mencintai dan menghormati bahasa dan negeri sendiri.
Itu bukan berarti membenarkan negeri sendiri tanpa syarat, atau menganggapnya lebih unggul.Artinya mengenal bahasa, sejarah, budaya, dan kehidupan yang kita terima — termasuk masalahnya — lalu memikul hubungan itu.
Kami menganggap penting mempelajari bahasa lawan bicara — bukan hanya bahasa asing.Sekalipun berbicara dalam bahasa yang sama, kata yang sama belum tentu dipakai dengan arti yang sama.
Mendapatkan satu kata berarti menerima satu sudut pandang orang.Jumlah kata yang melekat bukan sekadar ukuran pengetahuan — itu bukti berapa banyak orang yang sudah kita ajak bicara dan kita dengarkan.
Memahami orang lain sepenuhnya tidak mungkin.Meski begitu, tetap ingin mencoba memahami dengan kata dan cara pandang seperti apa orang itu melihat dunia.Sikap yang mengandung kontradiksi inilah alasan kami belajar bahasa.
Pergi ke luar negeri
bukan tujuan.
Dari jauh,
melihat ulang kaki sendiri.
Karena itu kepada anggota Jepang kami minta: bukan hanya kegiatan lapangan, tetapi juga kehidupan sehari-hari di Jepang.Membaca, menulis, berdialog, berpikir.
Ini bukan prinsip untuk anggota Jepang saja.Kepada anggota Indonesia pun kami berharap: jagalah bahasa daerah, bahasa keluarga, budaya setempat, dan bahasa yang menyatukan.Membuka diri ke dunia dan menumbuhkan akar sendiri tidak saling bertentangan.
Glocal bukan sekadar gabungan kata “global” dan “lokal”.Artinya: punya cara pandang terhadap dunia, sambil bertanggung jawab atas tempat di mana kita berdiri.Mencintai daerah, tanpa mengurung daerah itu dari dunia.
Yang paling kami jaga adalah kejujuran pada diri sendiri.
“Ingin pergi.” “Ingin bertemu.” “Ingin melihat.” “Ingin tahu.”Meski belum bisa dijelaskan dengan rapi, sadari suara yang lahir dari dalam diri, lalu bergeraklah dari situ.
Mendekat karena ada untungnya, lalu menjauh ketika untungnya hilang.Motif seperti itu kami sebut “pamrih”.Kami tidak menuntut nol pamrih, dan tidak pula menyalahkannya.Hanya saja, dari tindakan yang digerakkan pamrih saja, tidak akan lahir pertemuan di luar dugaan.
Kejujuran itu ada di dalam setiap orang.Kami tidak menyalahkan baju besinya — kami mencari bersama suara yang ada di baliknya.
“Coba dulu.” Inilah semangat PILOT™ Henley Kopindo.
Kami bergerak untuk mengubah perasaan yang masih berupa kata menjadi pengalaman orangnya sendiri.Kami menyiapkan lingkungan supaya Kopisiswa bisa mencoba sendiri, dan mendampingi prosesnya lewat KoPilot™.
Kami tidak percaya rasa percaya diri hanya dibangun dari keberhasilan.Ada langkah yang baru bisa diambil setelah orang merasa: “kalaupun gagal, tidak apa-apa”, “kalaupun jatuh, aku bisa kembali”.
Gagal dengan aman.
Sandbox™ Field Training Programme
Lapangan tempat orang bisa berlatih jatuh dengan aman, kami sebut Sandbox™ Field Training Programme.
Gagal dengan aman bukan berarti meremehkan bahaya, atau mengaburkan tanggung jawab atas kegagalan.Artinya: memasang batas yang baik, bersiap, mengawasi, menghentikan bila perlu, dan bisa merenungkannya bersama setelah jatuh.
Lama keanggotaan, jumlah yang direkrut, waktu kegiatan, jumlah kopi yang bisa dibawa.Henley Kopindo punya banyak batas.
Itu bukan untuk mengurung orang.Itu untuk menjaga kepekatan waktu, hubungan, dan pembelajaran — dan supaya “terus berlanjut” tidak jadi tujuan.
Program (Kopisiswa™) dan Coffee Scouts dibubarkan sekali setiap enam bulan.Setelah wawancara satu lawan satu, kalau kedua pihak memilih ulang, orangnya bergabung kembali.Kopisiswa™ maksimal dua tahun. Scouts juga dua tahun.
Setelah itu: menjadi profesional dengan kontrak, atau berjalan dengan kaki sendiri di tempat masing-masing.Yang kami jaga bukan supaya orang tetap tinggal, tapi supaya orang bisa maju ke tahap berikutnya.
Di lapangan, tidak semua pertemuan disambut.Ada kalanya kami ditolak, ada kalanya kedatangan kami lagi tidak diharapkan, dan ada kalanya kami sendiri yang menolak.
Penolakan tidak selalu berarti kegagalan atau niat buruk.Kadang itu pernyataan yang jujur untuk menjaga kehidupan, martabat, keselamatan, dan kepercayaan.
Kami tidak menganggap diterima itu sudah semestinya.Kami memikirkan: apa yang kami lewatkan, apakah hubungan bisa diperbaiki, atau justru di sini kami harus mundur.
Kepercayaan tidak
tumbuh di atas
garis yang kabur.
Menarik garis dengan jelas, tanpa merendahkan orangnya.Itulah yang kami anggap kekuatan.
Yang bisa ditolak: keikutsertaan, kunjungan, pemotretan, publikasi, kedatangan lagi, peran, dan kelanjutan hubungan.Bukan nilai keberadaan seseorang.
Melompat sebelum melihat.
Sekaligus melihat dunia dari sisi orang lain.
Sebelum bertindak, tidak mungkin memahami segalanya.Karena itu, di suatu titik, beranikan diri dan ikut serta.Di sisi lain, ada orang yang menyerahkan waktu dan kehidupannya karena keikutsertaan itu.
Pergi ke luar negeri tidak kami anggap sebagai bukti daya juang atau kebaikan.Yang datang bisa membawa pulang pengalaman, foto, pelajaran, dan cerita.Yang menerima menyerahkan waktu, makanan, transportasi, ruang hidup, perasaan — kadang juga risiko terhadap keselamatan dan hubungan dengan tetangganya sendiri.
Karena itu dalam wawancara kami selalu bertanya:
“Kalau kamu datang,
apa untungnya buat
kawan-kawan kami
di Indonesia?”
Kami tidak menuntut jawaban yang bagus.Ini pertanyaan untuk memikirkan kunjungan sendiri dari sisi kalian, dan memikirkan bersama apa yang bisa dikembalikan.
Pihak yang menerima berhak menolak keikutsertaan, kegiatan, pemotretan, publikasi, dan kedatangan lagi.Persahabatan dan hubungan keluarga tidak kami jadikan alasan untuk kerja tanpa bayaran.Imbalan, honor, hadiah, dan bila perlu perekrutan — kami lakukan atas dasar pembicaraan.
Foto adalah salah satu bentuk balasan yang paling kami jaga.Bukan sekadar diambil dan dibawa pulang — dikembalikan dalam bentuk yang bisa diterima, disimpan, dan dipakai oleh orangnya sendiri dan keluarganya.Dan kami tidak berhenti sekali. Kami datang lagi.
“Bhinneka Tunggal Ika” adalah semboyan Indonesia — lapangan tempat kami bekerja — sekaligus inti dari cara Henley Kopindo dirancang.
Bukan menghapus perbedaan lalu menjadi satu.Kebangsaan, bahasa, agama, generasi, keahlian, peran, dan kelebihan tetap berbeda — tetapi bisa berdiri di lapangan yang sama dan memilih arah yang sama.
Bukan hanya spesialis kopi. Kami butuh fotografer, pendaki, orang yang mengamati bintang, burung, serangga, alam, adat, manusia, dan masyarakat.Makin banyak mata yang berbeda, makin bertubuh lapangan itu terlihat.
Tetapi keberagaman bukan berarti menerima apa saja.Justru karena ada garis bersama yang menjaga kehidupan, martabat, dan keselamatan, perbedaan bisa dibawa dengan tenang.
Teknik, pengamatan, foto, kata — masing-masing boleh diasah sekuat tenaga.Kami tidak takut bersaing dan saling memacu.
Tetapi mengalahkan orang lain, merebut tempatnya, atau membuktikan bahwa kita yang benar — itu bukan tujuan.Karena dunia tidak melebar di atas penyangkalan.
Venture adalah melangkah sendiri ke masa depan yang jawabannya belum ada.
Mendirikan usaha, meneliti, menggerakkan daerah, menantang luar negeri, meneruskan usaha keluarga — hidup itu sendiri adalah Venture.
“Garis depan dunia” yang kami maksud tidak berarti luar negeri saja.Itu tempat yang jawabannya belum dipegang siapa pun, masalah yang belum cukup jadi kata, dan tempat yang membuat kita takut melangkah.
Dunia bukan peta. Dunia adalah kemungkinan.
Kami menangani kopi.Tetapi kopi tidak kami taruh sebagai tujuan akhir.
Di sisi lain, kopi juga bukan sekadar alat.
Kopi adalah perantara berkeahlian yang menyambungkan orang dengan orang, budaya dengan budaya, masyarakat dengan masyarakat.
Kopi adalah keahlian kami, sekaligus bahasa bersama untuk berhadapan dengan dunia.
Untuk melampaui kopi,
kami mendalami kopi
lebih dalam dari siapa pun.
Kopindo Programme adalah tempat yang menopang pembelajaran dan percobaan Kopisiswa™.Dengarkan suara sendiri. Coba kecil-kecilan. Renungkan pengalamannya, lalu pilih sendiri langkah berikutnya.
Ketiga tahap itu kami rancang sebagai LISTEN™ Reflection Programme, PILOT™ Trial Programme, dan KoPilot™ pendampingan.
Ini bukan perkumpulan yang tujuannya berkumpul, dan bukan organisasi keanggotaan yang menilai lamanya bernaung.Kopisiswa maksimal dua tahun. Setiap enam bulan dibubarkan, lalu bergabung lagi atas kehendak sendiri.
Kami lebih menghargai hubungan yang bisa saling merepotkan dan saling memaafkan, daripada hubungan yang menjaga jarak “supaya tidak merepotkan”.Tetapi itu bukan berarti menuntut kesabaran atau beban sepihak.
Menyusun pertanyaan atas masalah yang tidak punya jawaban.Terus berpikir walaupun jawabannya belum keluar.Dan bukan hanya berhenti — berpikir sambil berlari.
Kami tidak mengajarkan jawaban. Kami membuat kesempatan untuk mencoba dan bertemu dunia, lalu mendampingi sampai orangnya bisa memilih langkah berikutnya sendiri.
Kami tidak memaksakan jawaban.Sebagai gantinya, kami mengajukan pertanyaan baru.
Kami tidak memutuskan hidup seseorang menggantikan dirinya.Kami berpikir bersama sampai ia bisa memilih sendiri.
Kami tidak memaksa siapa pun ikut serta.Tetapi setelah memilih ikut dan menyepakati durasi dan peran, kedua pihak memikul janji itu.
Kami tidak menjadikan siapa pun alat untuk masyarakat.Kami berhadapan sebagai sesama manusia, dan berangkat dari keinginan orang itu.
Kami bergantian menjadi yang menolong dan yang ditolong, saling merepotkan, dan saling memaafkan.
Justru saat keadaan berat, kami tidak kehilangan humor.
Dalam durasi dan peran yang disepakati, kami mendampingi dengan sungguh-sungguh.
“Menurut saya, cinta itu
berarti kamu boleh ada di tempat itu.”
— Tanaka / Photographer · Kopindo Coffee Scouts Alumni
Walaupun masa keanggotaan ada batasnya, dan peran suatu saat berakhir, itu tidak berarti keberadaan orangnya dan hubungan yang tumbuh di sana ikut dihapus.Pergi dan kehilangan tempat bukan hal yang sama.
Charter ini tidak berdiri sendiri sebagai gagasan. Kami menuliskan siapa yang memegang kontrak, pembukuan, data pribadi, keselamatan, dan penjelasan ke pihak luar.
Setiap orang
menjalani hidupnya
sebagai miliknya sendiri.
Ketika tantangan itu
bersambung,
dunia bergerak
sedikit demi sedikit.
Kami percaya begitu.